からさわやまじょうあと

唐沢山城跡(国指定史跡)

佐野市

  • 歴史・文化・自然

2024年4月12日更新

栃木県の
このあたり!

県南エリア

続・日本百名城のひとつで、国指定史跡の山城跡。

続・日本百名城、関東七名城のひとつで、国指定史跡の山城跡です。唐沢山山頂に本丸を有し、本丸周辺では関東平野を一望できる眺めと季節の花が楽しめ、400年以上前に築かれた貴重な高石垣が訪れる人々を出迎えます。
3月末〜4月上旬にかけては桜を楽しむことができ、4月中旬〜5月上旬にかけてはツツジが咲き誇り、散策を楽しむことができます。11月中旬〜下旬は紅葉を楽しむことができます。

〔唐沢山城跡の主な見どころ〕
○くい違い虎口(くいちがいこぐち)
くい違升形とする記録もあります。
北の避来矢(ひらいし)山、南の天狗岩の間にある防備を固めた出入り口です。
土塁をくい違いにして直線的に進入できないようにするなどの工夫がされています。
東側は升形になります。

○天狗岩
「大険山」と例えられる岩山ですが、山頂から南方や東方への視界は良好です。
眺望の良さを活かし、周囲を見張る役割を果たしたものと考えられます。
かつては物見櫓があったとも、大筒がかけられていたともされています。

○大炊の井(おおいのい)
避来矢山と西城の間にある、口径9m、深さ8m以上の大きな井戸です。
築城に際して厳島大明神に祈請したとされています。
山上における水の確保は重要ですが、現在まで涸れることなく豊かな水を蓄えています。

○四つ目堀
西城方面と帯曲輪(おびくるわ)以東を分断する大きな堀切で、深さ2間とあります。
現在神橋が架かっていますが、かつては曳橋であったとされています。
いざという時に橋を引き払い、通行を遮断することができました。

○大手道
当時における最終手段の大手の道筋が残されています。
くい違い虎口から続く神社の参道を進み、南城の手前(西側)で二の丸方面に折れて坂道を上るルートです。
そして、二の丸から本丸へ向かいます。

○南城
蔵屋敷、武者詰所ともいい、現在は社務所や南城館があります。
周囲に石垣が巡りますが、得に南東の石垣は見応えがあります。
眺望も良く、天候に恵まれた時には富士山や東京スカイツリーを望むことができます。

○高石垣
本丸南西の石垣は約40m延び、南局の西側に続きます。
高さ8mを越える石垣は、小田原合戦以降、佐野氏が豊臣秀吉と深い関係にあったため、西日本を中心とする技術の導入によって築かれたものと判断されます。
関東では極めて貴重なものです。

○二の丸
追手出丸と記述する古地図もあります。
周囲には石塁のような石垣が巡ります。
奥御殿直番の詰所があったとされています。
現在本丸への通路は直線的にアプローチしていますが、かつては鉤の手に折れていたようです。

○三の丸
現在は帯曲輪と二の丸の間を三の丸としています。
本城ではおおきな曲輪です。
かつては賓客の応接間があったとされています。
周囲は高く急な切岸が巡りますが、部分的な石垣等が複数箇所で認められます。

○帯曲輪(おびくるわ)
古地図や古記録では三の丸を含めて帯曲輪としていますが、現在は長細い平坦地を指しています。
高く急な切岸と土塁を有していますが、四つ目堀を隔てた本丸側における最前線の防御拠点であったと考えられています。

○鏡岩
レストハウス西側下方の、古記録に高さ7間とある、そそり立つような岩盤を指します。
現在は県道がこの付近をまっすぐ通っていますが、昭和30年代まで岩脈が直進をさえぎっていました。
かつてこの付近は木戸を有して鉤の手になる重要な出入口でした。

基本情報

住所 〒327-0801 栃木県佐野市富士町1409
問い合わせ先 唐澤山神社社務所 TEL 0283-24-1138
利用事前予約 不要
料金 無料
アクセス 電車・バス 東武佐野線田沼駅からタクシーで約10分または徒歩約70分
東武佐野線堀米駅から徒歩約120分
東北自動車道佐野藤岡ICから約20分
北関東自動車道佐野田沼ICから約10分
駐車場情報 台数 田沼側山麓約30台(山頂まで徒歩約30分)、山頂約100台
料金 無料

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